イット2の意味がわからない人へ|難解シーンと伏線を順番に解説

不気味な空間とイット2の意味がわからない人へ示す謎 ホラー

「意味がわからない」——そう呟きながらエンドロールを見送った人は、きっと少なくないはずです。

上映時間169分、複数の時系列、英語の聞き取りにくいセリフ、そして「恐怖を馬鹿にすれば勝てる」という独特のクライマックス。この映画には「わかりにくい」と感じさせる要素が確かにいくつも重なっています。この記事では、前作『IT/イット』との関係から結末の意味まで、できるだけ丁寧に整理してみました。

「なぜ罵倒するとペニーワイズが縮むのか」「スタンリーはなぜ自殺したのか」「チュードの儀式とは何か」——こういった疑問に、ひとつずつ答えていきます。

「イット2の意味がわからない」と感じるのは、なぜ?

鑑賞後に「意味がわからなかった」と感じる方の多くは、実はストーリー自体を見失っているわけではなく、「なぜそれで勝てるのか」「その設定の根拠は何か」という部分に引っかかっているケースが多いようです。まず、この映画が「わかりにくい」と言われる主な理由を整理してみましょう。

3時間近い長尺と複数の時系列

公式に確認できる上映時間は169分。ホラー映画としては異例の長さです。しかも物語は「2016年の大人たち」と「1989年の子ども時代の回想」が交互に挿入される構成になっています。

たとえば、思い出の品を探しに行く6つのパートでは、それぞれ現在と過去がカットバックされます。これが立て続けに繰り返されるため、「今どこの話をしているのか」がわかりにくくなりやすいのです。前作を鑑賞してから時間が経っている場合は、特に整理が難しくなるでしょう。

「チュードの儀式」という独特の設定

ペニーワイズを倒す方法として登場する「チュードの儀式」は、映画の中で段階的にしか説明されません。先住民族シャカピワー族が編み出したとされるこの儀式は、各自の「思い出の品」をピラミッド型の壺に封印することでイット(ペニーワイズ)を弱体化させる、というものです。

ところが物語が進むにつれ、実はこの方法では過去に成功した例がないことが明かされます。マイクはその事実を知っていながら、仲間に「勝てるという自信や勇気」を与えるためにあえて黙って実行したと読み取れます。「だまされた」と感じる視聴者が出るのは、この構造が原因のひとつと言えます。

クライマックスの「罵倒で勝つ」という展開

最終決戦でルーザーズクラブが取った戦法は、ペニーワイズに向かって罵声を浴びせること。これは多くの視聴者が「唐突」「意味がわからない」と感じた場面です。

ただ、この展開はペニーワイズの本質と深く結びついています。ペニーワイズは「恐怖心」を食糧にして生きており、恐れる者がいなければ力を失う、という設定が前作から引き継がれています。「馬鹿にする」「恐れない」という態度が彼を弱体化させるのは、この設定の延長線にある展開と見ることができます。
つまり「意味がわからない」ように見えるクライマックスは、前作からの「恐怖に打ち勝つことがペニーワイズへの最大の武器になる」というテーマの帰結として描かれていると読めるのです。

  • 「わかりにくさ」は169分の長尺・時系列の交錯・段階的な情報開示の組み合わせによる
  • チュードの儀式は「確実に成功する方法ではない」ことが後から明かされる
  • クライマックスの「罵倒戦法」は前作から引き継がれたテーマの帰結として描かれている
  • 前作を事前に復習してから鑑賞すると整理しやすくなる
  • 疑問が残る場合はWikipedia英語版や映画公式サイト(ワーナー・ブラザース)で基本情報を確認してみるといいでしょう

前作から27年後——『イット2』のあらすじ(結末まで)

「わかりにくい」と感じる部分は、前作との関係を整理するとずいぶんクリアになります。ここでは2016年に始まる物語の流れを、結末まで含めて整理します。

ここからネタバレを含みます。

デリーへの帰還——それぞれの27年

前作から27年が経過した2016年。舞台はメイン州の架空の町デリーです。かつてペニーワイズを撃退した「ルーザーズクラブ」の7人は、故郷を離れそれぞれの場所で成功を収めていました。

ビル・デンブロウはホラー小説家になり、ベバリー・マーシュはアパレルデザイナーに。リッチー・トージアは人気コメディアン、ベン・ハンスコムは建築家として活躍していました。唯一デリーに残ったのはマイク・ハンロン。彼はひとり地元に留まり、ペニーワイズの謎を追い続けていたのです。

デリーで再び不可解な事件が頻発し始めると、マイクは仲間全員に電話をかけます。しかし電話を受けた面々は、27年前の出来事をほとんど忘れていました。これはペニーワイズが持つ「記憶を薄れさせる」能力のためと読み取れます。デリーに戻るにつれて、記憶が少しずつ戻ってくる——という演出がこの映画の重要な構造のひとつです。

スタンリーの決断と、6人の再会

集合の連絡を受けたルーザーズクラブのなかで、スタンリー・ユーリスだけはデリーに現れませんでした。彼はマイクから電話を受けた日に、自らの命を絶っていたのです。

スタンリーがなぜそうしたのか——その答えは映画のラスト、彼の遺した手紙の中で明かされます。「ルーザーズクラブが一丸となって戦わなければ、ペニーワイズは倒せない。しかし自分には27年前の恐怖に再び立ち向かう勇気がない。自分が死ぬことで仲間の結束が高まるなら、それが自分にできる最善のことだ」——彼はそう判断して死を選んだ、と読み取れます。

中華料理店に集まった6人は久々の再会を果たしますが、その場でフォーチュンクッキーが不気味な生き物に変身するというペニーワイズの嫌がらせを受け、スタンリーの死を知ります。

思い出の品を集める旅と、最終決戦

マイクが提案したのが「チュードの儀式」です。6人はそれぞれ子ども時代の「思い出の品」を探しに、デリーの各所へと赴きます。ビルは弟ジョージーのために作った紙の船を、ベバリーは父親に隠していたラブレターを、リッチーはゲームセンターのコインを——それぞれがかつての恐怖と向き合う場所に戻りながら、ペニーワイズの幻覚や罠をかいくぐって品を集めていきます。

儀式は結果的に失敗します。思い出の品を壺に封印しても、イットを倒すには至りませんでした。実はマイクは、この方法が過去に成功した前例のないことを知っていたのです。

逆に追い詰められた6人が辿り着いた答えは、「ペニーワイズを恐れなければいい」ということ。罵倒を浴びせることで恐怖心を消し去ると、ペニーワイズはみるみる小さくなっていきました。その心臓を取り出して握りつぶし、ルーザーズクラブはついに宿敵を打ち倒します。ただし、この戦いでエディが命を落としました。その後、生き残った5人にスタンリーの手紙が届き、物語は幕を閉じます。

  • 2016年が舞台。マイクの電話でデリーへ集まる
  • スタンリーは電話を受けた日に自ら命を絶ち、手紙で理由を明かす
  • チュードの儀式は成功せず、「恐れない心」でペニーワイズを撃破
  • エディが死亡し、生き残った5人はそれぞれの場所へ戻る
  • 作品の基本情報はワーナー・ブラザース公式サイト(warnerbros.com)でご確認ください

見どころと「意味がわかると」深まる感動ポイント

結末まで把握したところで、今度はこの映画を別の角度から見てみましょう。「怖い」だけでない仕掛けや感情的な深みが、実はかなり丁寧に作り込まれています。

ここからネタバレを含みます。

リッチーとエディの関係——隠されていた感情

映画が進むにつれて浮かび上がるのが、リッチーとエディの関係です。リッチーは子ども時代から口数が多く、下ネタを連発するキャラクターでしたが、実はそれが「自分の同性愛的な感情を悟られまいとする態度」だったと読み取れる描写があります。

廃墟となったゲームセンターでの回想シーン。エディが刻んだ「E」という文字の横に、リッチーが後から「R」を加える場面が終盤に登場します。これはエディへの想いを示す伏線と受け取れます。クライマックスでエディが重傷を負い、リッチーが号泣するシーンは、この伏線があってこそ胸に刺さる場面です。

スタンリーの手紙が伝えるもの

男性が立つ場面とイット2の意味がわからない人へ導く伏線

物語を通じて「臆病者」「一番弱い仲間」のように見えていたスタンリーが、ラストで手紙として語りかけてくる場面は多くの視聴者が印象的だと述べています。

手紙の内容は「仲間のために死を選んだ」というものです。自分が参加すれば足を引っ張る、でも自分が先に逝くことで仲間が結束できるかもしれない——彼なりの「貢献」を選んだのだと読み取ることができます。開幕で突然起こった出来事の意味が、エンドロール直前に丁寧に回収されるこの構造は、脚本の工夫のひとつと言えます。

前作との丁寧な対応関係

本作には前作のシーンや設定との「対応」が随所に埋め込まれています。たとえば最終決戦で6人がペニーワイズに一斉攻撃するシーンは前作と同じ構図が意図的に踏襲されており、ラストで5人が採石場から湖に飛び込む場面も子ども時代の夏の記憶と呼応しています。

また、ビルが骨董店を訪れた際に店主がビルの小説の「結末が最悪だ」と毒づく場面があります。店主を演じているのは原作者スティーブン・キング本人です。「小説の結末が残念」という評価をキング自身が語る——この自己言及的なカメオ出演は、ファンにとっておなじみのトリビアになっています。

Q1. カメオ出演しているのは誰ですか?
A1. 原作者スティーブン・キングが骨董店の店主役で出演しています。映画監督グザヴィエ・ドランも冒頭のゲイのカップル役として登場しています。

Q2. 前作を見ていないと楽しめませんか?
A2. 本作は前作を前提とした続編で、人物の背景や誓いの内容を前作で説明しています。単独でも視聴できますが、前作を先に見ておくと各キャラクターへの感情移入が格段に深まります。

  • リッチーとエディの関係は「E+R」の文字に伏線が張られている
  • スタンリーの自殺は「仲間への貢献」として解釈できる
  • 前作との対応シーンを意識して見ると作品の構造的な面白さが増す
  • スティーブン・キング、グザヴィエ・ドラン監督のカメオ出演が見どころのひとつ
  • 前作『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017年)との同時鑑賞がおすすめ

出演者・登場人物の整理

見どころを押さえたところで、キャストと主要人物の関係をまとめます。子どもと大人の両方のキャストが存在するのがこのシリーズの特徴で、そこが「誰が誰かわからなくなる」原因にもなっています。

大人のルーザーズクラブ

ビル・デンブロウをジェームズ・マカヴォイが演じています。ルーザーズの非公式なリーダーで、大人になってホラー小説家として成功しました。幼い弟ジョージーを失った罪悪感を引きずっており、デリーに戻ってから吃音症が再発する描写があります。ベバリー・マーシュはジェシカ・チャステイン。アパレルブランドのデザイナーとなりましたが、父と似た高圧的な夫からのDVに苦しんでいます。

リッチー・トージアを演じるのはビル・ヘイダー。人気コメディアンとして活躍するキャラクターで、本作で最も感情的な変化を見せるメンバーのひとりです。ベン・ハンスコムはジェイ・ライアン。子どものころの太った体型から一変し、端正な外見の建築家になっています。

マイク、エディ、スタンリー

マイク・ハンロンはイザイア・ムスタファ。唯一デリーに残り、ペニーワイズの謎を追い続けたメンバーです。人種差別的な言葉を浴びせられながらもデリーに留まり続けたその生き方は、物語の縁の下の力持ちと言える存在です。ペニーワイズ打倒後、彼は初めてデリーを離れる決意をします。

エディ・カスプラクはジェームズ・ランソン。過保護な母のもとで育ち、同じように心配性な女性と結婚しました。クライマックスでリッチーを守って命を落とします。スタンリー・ユーリスはアンディ・ビーンが演じ、物語の冒頭で命を絶ちます。アンディ・ビーン自身は舞台俳優出身で、回想シーンに登場します。

ペニーワイズと子ども時代のキャスト

ペニーワイズ役はビル・スカルスガルドが前作から続投しています。デッドライト(死の光)と呼ばれる3つの光が本来の姿で、ピエロの姿はデリーで活動する際の「装い」と読み取れます。恐怖心を食糧とし、相手の恐れるものに変身する能力を持ちます。

子ども時代のルーザーズクラブは前作と同じキャストが担当しました。ビルをジェイデン・リーバハー、ベバリーをソフィア・リリス、リッチーをフィン・ウルフハード、マイクをチョーズン・ジェイコブスなどが演じています。大人キャストの選定には「前作の子役に顔が似ていること」が条件のひとつとして設けられていたとされています。

大人のルーザーズクラブ 対応表
ビル → ジェームズ・マカヴォイ(小説家)
ベバリー → ジェシカ・チャステイン(デザイナー)
リッチー → ビル・ヘイダー(コメディアン)
ベン → ジェイ・ライアン(建築家)
マイク → イザイア・ムスタファ(図書館員/調査人)
エディ → ジェームズ・ランソン(保険会社勤務)
スタン → アンディ・ビーン(会計士)
  • 大人キャストは「前作の子役と顔が似ていること」を条件に選ばれたとされている
  • ペニーワイズの本来の姿は「デッドライト(死の光)」
  • マイクはデリーで研究を続けた唯一のメンバーで、物語の実質的な発端を作った人物
  • スタン・エディ以外の5人はペニーワイズ撃破後にそれぞれの生活に戻る
  • 公式のキャスト情報はIMDb(imdb.com)でご確認ください

「イット2」をより深く楽しむための補足知識

出演者の整理ができたところで、最後にこの映画を見る前・見た後に知っておくと役立つ補足情報をまとめます。前作との比較、原作との違い、そして評価が割れた理由についても触れてみます。

前作との比較——何が変わったのか

前作『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017年)は子どもたちの物語で、ホラーと青春が均衡した作りでした。世界的に見てもホラー映画として記録的な興行収入を上げた作品です(Wikipedia英語版で確認できます)。

本作はその続編として、「大人になっても消えない恐怖と、どう向き合うか」というテーマに軸足が移っています。169分という長尺はホラーとしては異例で、回想シーンも多い。結果的に「怖い映画」としての評価は前作より下がった一方、「感情的な深み」や「キャストの演技」は好評価が集まる傾向にあります。

原作(スティーブン・キングの小説)との主な違い

原作は1986年に発表されたスティーブン・キングの長編小説です。映画版のチュードの儀式は、原作とは方法や経緯が大きく異なります。原作ではビルが図書館で「チュードの儀式」に関する文献を見つけますが、映画版ではマイクが先住民から学んだ設定になっています。また、リッチーとエディの感情関係は映画でより明確に描かれており、原作ではエディの死の直前に言葉はなかったとされています。

原作とのギャップは「映画として鮮明にとらえられるように」という監督やスタッフの判断による変更と見ることができます。

評価が割れた理由を整理する

映画レビューサイトRotten Tomatoesでの批評家評価は62%(2025年3月時点での公開情報を参照)。同じ映画でも「ホラーとして怖くなかった」という意見と「青春映画として感動した」という意見が共存しているのがこの作品の特徴です。

「意味がわからない」という感想の背景には、ホラーを期待して見たらアクション・ファンタジー的な結末が来た、という落差があるケースも多いようです。逆に「7人の成長物語」として見ると、前作からの伏線回収や感情的な着地が丁寧だと感じる視聴者も多くいます。どちらの見方も成り立つ作品です。

  • 前作(2017年)は子ども時代の物語。本作は大人になった7人が中心
  • チュードの儀式の設定は原作小説と映画版で異なる
  • 批評家評価は賛否が分かれた。「ホラー期待」と「青春映画期待」で感想が変わりやすい
  • 原作小説の情報はスティーブン・キングの公式サイト(stephenking.com)で確認できます
  • 映倫区分はR15+。15歳未満の鑑賞には注意が必要です(映画倫理機構・映倫 eirin.jp でご確認ください)

まとめ

「イット2の意味がわからない」と感じた核心は、「なぜそれで勝てるのか」という設定の疑問にあります。ペニーワイズは恐怖を食糧とする存在であるため、「恐れない・馬鹿にする」という態度が彼を弱体化させる——これが前作から引き継がれたテーマの答えです。

まず前作を見返してから本作を鑑賞してみてください。時系列と人物関係が整理され、感情的な場面の意味がぐっと鮮明になります。

この映画は「ホラー」であると同時に、大人になっても癒えない傷を仲間と一緒に乗り越える物語でもあります。「わかりにくかった」と感じた方にこそ、もう一度見てほしい作品です。

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